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二男が愛知から半年ぶりに帰ってきました。手取り30万弱の給料を最初の二週間で使い切ると、次の給料日まで極貧の生活でしのぐというパターンを懲りもせずに半年間繰り返したとのこと。妻は叱る気力も失せ、私は自分のDNAに苦笑するしかありませんでした。
しかし、二男は愛知に行く前の生活がいかに無駄だったかということを悟りました。帰って来て次に何を始めるのか、私としては興味津々ですが、できれば早く社会人になって多くの人から生き方を学んで欲しいと願っています。理想を言えば、誰もやりたがらない、誰にもできない仕事にやりがいを見出し、社会の役に立つ人材になることを望んでいます。
26年前、教会の寸劇で放蕩息子の兄を熱演?したことがあります。放蕩息子は父に反抗し家を飛び出すのですが、やがて父の教えが正しかったと悟り、詫びを入れて戻って来ます。兄はというと、父の教えに従って父を助けて生きるのですが、父の生き方を悟ることができません。父と意見が対立するときでも、それを父にぶつけて悪戦苦闘することを避けたからです。
誰もが人生に迷いますが、今の生活レベルや利益を捨ててまで答えを探し回る人は稀です。勇気がないからです。捨てる?いえいえ、捨てたもの以上の利益が得られなかったときに奮起する勇気です。神が父であるなら、私は今まさに放蕩息子そのものですが、他人の利益から自分の利益を得る処世術を構築中ですので、もう少し放蕩息子を演じたいと思っています。よろしく、神様。