>皆さん、思い描ける理想の人生に自分の身を置いていると仮定してください。富も名誉も健康も愛情も不満の欠片すら無い状態だと思ってみてください。そんな幸せの絶頂を満喫しているあなたでも得られないもの、解決できない不幸?が実はあるのです。それは何でしょう?先を急ぐのでいきなり結論ですが、それは孤独の解消です。議論が拡散しないために、孤独の定義をしておきましょうね。孤独とは、「頼りになる人や心の通じあう人がなく、ひとりぼっちで、さびしい・こと(さま)」と三省堂の辞書にありますので、これでいきます。
私たちは常に孤独な世界で人生の大半を生きています。自分の将来や自分の喜怒哀楽と向き合うとき、誰も入り込めない世界で人は孤軍奮闘しています。理解を得るために、助けを得るために、頼れる人や心が通じ合える理解者を得たとしても、孤軍奮闘の世界が消えるわけではありません。その世界が小さくなったと思うことはあるかもしれませんが、理解や助けを得るための活動は継続しなくてはなりません。恋愛関係を含む人間関係で良好な関係を継続するためには、努力が常に不可欠ですからね。
勘の良い方は、不幸だと感じるレベルの孤独が通常使われている孤独で、ここで議論されている孤独は個体として存在する人類共通の孤独だと思われた方もいらっしゃるかもしれません。そのとおりです。だからこそ、不幸を感じる孤独から人は逃れることはできないのです。人は生来孤独な一生を送るしかない生命体なので、不幸な孤独も生きている限り続くものだと自覚することが大事です。
でも、幸いなことに?多くの人は自分だけが孤独だと思っています。そして、孤独から逃れる術を求めて試行錯誤しています。あるいは、孤独から逃れることを諦めています。しかし、あなたが誰もが孤独なのだという認識からこの問題の解決に当たると、あなたの行動や価値観はガラリと変わります。誰かに頼られ、誰かを理解できることが孤独だけではない自分を発見できる唯一の方法だからです。
自分を救いたければ他人を救うことです。孤独感が強ければ強いほど、自分が誰よりも不幸だという自覚が強ければ強いほど、くどいようですが、誰かに頼られる、誰かを理解する努力に全力投球することです。自分の孤独や不幸と対峙しても何も解決しないと知っているなら、私に騙されたとしても時間の無駄にはならないはずです。自分に絶望して死を望んでいるのなら、なおさら他人に手を貸しても損も無駄もないはずです。「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」を試してみる好機です。浮かばなかったら・・・、本望?違うか。