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学生時代に誰もがやっていたことで私がやらなかったことがふたつあります。ノートを取らなかった事と漢和辞典を引かなかったことです。社会人になって恥ずかしかったのは、字が読めないとの理由で起案を突き返されたことと「渋滞」を「しったい」と読んで恋人の前で失態を演じたことです。字は何とか読んでもらえるレベルまで上達しましたが、恋人には未だにバカ受けの毎日です。文章を書くようになってから、国語辞典はよく引くようになりましたが、漢字は感じで読むという癖がややもすると出てしまいます(おじんギャグはこの辺で止めておきます)。
歳を重ねてくると、先人が愛したもののよさがわかってきたのか、沖縄の音楽、方言、歴史に傾倒しています。特に、音楽を奏でる三線(さんしん)、独特の発声方法で歌う琉球民謡はマスターしたいと熱望しています。発声の仕方を正確に説明できませんが、高いキーでしかも声を潰して歌うような感じです。とりあえず民謡を聴いてください。沖縄では民謡の新曲が毎月出るほど根強い人気がありますので、ラジオで民謡番組を毎日聴くことができますから。
さて、今回本題にしたいのは沖縄の方言を共通語に訳す場合のニュアンスの違いです。例えば、よく使われる言葉のひとつに「なんくるないさ」があります。NHKの「ちゅらさん」で耳にされた方もいらっしゃるでしょうが、地元における「なんくるないさ」の共通語訳は「なんとかなるさ、どうにかなるさ」が一般的です。同じくよく使われる方言に「ちゃあがなないさ」という言葉がありますが、これの共通語訳も「なんくるないさ」と同じです。方言でも「なんくるないさ」と「ちゃあがなないさ」を同じニュアンスで使っている方が多いので、共通語の「なんとかなるさ」と「どうにかなるさ」の関係と同じ現象が沖縄方言でも発生しているのでしょうか。
「ちゃあがなないさ」は、まさに「どうにかなるさ、なんとかなるさ」なのですが、「なんくるないさ」は、私的には「きっと願いどおりになるさ」という、慰めの言葉ではなく激励の言葉だと思います。過去の経験で、弱音を吐いたときに怒られながら「なんくるないさ」と言われたこともあります。また、似たような場面で「なんくるないさ、しわぁさんけぇ(心配するな)」というフレーズもよく耳にしました。
「なんくる」という言葉には「自然に」という意味もあり、このニュアンスを含んだ共通語訳を探すと、やはり「きっと願いどおりなるさ」になります。こうなると、「なんくるないさ」はあまりにも無責任か深い信仰心がなければ使えない言葉だといえます。信じやすい、だまされやすい県民性ですから、きっと疑いもなく「なんくるないさ」という言葉が使われてきたのだと思います。私も疑いもなく使うことにします。
みなさん、「なんくるないさ、しわぁさんくとぅ、はまれぇ(きっと願いはかなうから、心配しないでがんばれ)」