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人は幸せを求めて生きています。一方、死に直面した人にとっては、今日も生きているというそのこと自体が幸せです。生きているだけで幸せな人と幸せではない人がいるのです。どちらが正解なのでしょう。どちらも正解なのでしょうか?いいえ、生きているだけで幸せというのが正解です。幸せは気づくものであり、すでにあなたの側にあるものだからです。ことわざにあるように、買えないだけではなく、神仏から与えられるものでも、追い求めて捕まえることができるものでもありません。あなたが「これが幸せだ!」と説明したものに万人が「そうだ!」と言わないのがその証明です。
夢を追いかけ、実現させ、富や社会的名声や、望む結果を手に入れた人は幸せです。夢を実現したことで幸せを感じることができるからです。繰り返しますが、夢を実現させたから幸せを手に入れたのではありません。この場合、夢の実現は幸せを実感できた切っ掛けに過ぎません。夢の実現で幸せを手に入れたと勘違いしていると、実現したものを失った瞬間に不幸に逆戻りです。ですから、望む結果を手に入れたときだけではなく、失ったときにも幸せが揺らぐことはありません。嘆くのは失ったことをであり、見えていた幸せが見えなくなったからではありません。見えていた幸せが失ったものと一緒に見えなくなってしまったのであれば、最初から幸せは見えていなかったのです。
詭弁に聞こえますか?それでは質問を替えましょう。あなたの幸せは第三者から見えますか?あなたは自分の幸せを心で感じるだけではなく、あなたの目で見ることができますか?あなたが見ている幸せが長期間続いているのに、幸せを見出せなくなった経験がありませんか?幸せの源であるはずの愛する家族が側にいるのに、あなたの幸せが続かないのはなぜですか?職を失い、財産を失い、健康を失うことで幸せも消えてしまったのでしょうか?いいえ、違います。あなたが幸せに鈍感になっているだけのことです。幸せは変わらずあなたの側にあるのです。家族に支えられたとき、あなたは改めて幸せを実感できるかもしれませんが、あなたが実感できようができまいが、幸せは逃げも隠れもせず、じっとそこに立っています。あなたに実感してもらうために。
私があなたに催眠術をかけ、「あなたは幸せで幸せで感謝感激の状態です。私が、あなたは不幸ですと言うまであなたは何が起こっても幸せでたまらない」と言ったら、間違いなくあなたは幸せな人生を送ることができます。つまり、幸せとは日々の出来事に対するあなたの気持ちの持ちようなのです。日々の体験に感謝の気持ちが溢れ、絶好のチャンスだと思い、俄然やる気が出たら幸せを感じることができ、反対なら不幸を感じるわけです。幸せはあなたの気持ちの状態であり、幸せの持続はあなたの気持ちの持ち方であり、気持ちの持ち方はあなたの生き方(自分のためだけに生きるか否か)、ライフスタイル(利己的に生きるか否か)、他人への接し方(利害打算・好き嫌いで接するか否か)、もののとらえ方(ポジティブかネガティブか)なのです。
幸せのまま人生を終えられる人は、何をどれだけ失っても「幸せでした」と言える人です。失うたびに、失ったものでより強く幸せを自覚させられていたことに感謝できます。気づきに感謝できれば、失うことすら幸せを感じ続けるには必要なことだとわかります。失うことも幸せなことです、という今回のタイトルは誤りですが、失うことが幸せに気づくための良薬であることはご理解いただけたと思います。えっ?まだ腑に落ちない。ゆっくり考えてください。死が身近なものになったらイヤでもわかりますよ。
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