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私は物覚えが人一倍悪いため、親族や友人らの命日を覚えていたためしがありません。そのつけがハーフベターに回るので、ただひたすら恐縮しています。
しかし、齢(よわい)とともに故人を想い出すことは多くなりました。文盲にもかかわらずノートいっぱいに私の名を書き綴った父方の祖母、多忙で顔を見ることもなかった父に代わり、毎日私の遊び相手になってくれた母方のひょうきんな祖父、応援してくれた職場の仲間達などなど。毎晩のように誰かの笑顔が浮かび、勇気を置土産に帰って行きます。
「日々我が命日」。経験したが故に私の生き様にエールを送ってくれているのだと、勝手に感謝している今日この頃です。